アメリカの民主主義は機能不全か

America's democracy : A study in paralysis (The Economist)
これも非常にthe economistらしい記事だと思う。議院内閣制を採用する日本から見ると、米国政府の立法プロセスはとんでもなく手間がかかるものに見える。停滞している医療制度改革法案にしても、下院のいくつかの委員会で草案が提出されて、それが一本化され本会議で可決、上院でも同じようなプロセスが進行する。一本化する過程においては表だっては明らかにできないような議員間での抱き込み工作が行われる。その結果、法律とソーセージはどのように作られるか知らない方が良いというジョークさえ生まれている。
現在、米国のメディアでは、医療制度改革法案や地球温暖化対策が頓挫していることから、米国政治の機能不全が深刻に語られている。しかしこの記事では、いつものことであるが、一見もっともらしく見える通説に反論を行っている。まず議事進行妨害の規定に関する説明が参考になった。昔は、上院において誰も議事進行を止めることができなかったらしい。そのため延々と演説を行う議員を放置するしかなかった。現在は60名の議員の同意があれば議事進行妨害を止めることができる。逆に言えば、40名の議員が団結すれば議会を妨害することができることになる。州の連邦という国家の成り立ちのために、人口が多い州でも少ない州でも上院議員は2名選出できるので、極端な例では、人口の10%程度の州から算出される40名の上院議員が残り90%の人口が望む法律の成立を拒否することができる。一見、非常に非民主主義に見えるが、米国の建国の父達は、連邦政府はあまり余計なことをしないほうが良いと考えており、できる限り連邦レベルではことが進まないように憲法を作り上げていたと言える。
オバマ政権の大きな公約である、医療制度改革地球温暖化対策の二つがなかなか進行しないからと言って、米国政治が機能不全に陥っている訳ではない。それ以外ではまずまずの実績を上げているためだ。医療制度改革に対する大きな痛撃となったマサチューセッツ補選の結果は、有権者連邦政府があまりにも余計なことをしすぎる(金融機関や自動車メーカーの救済など)ことに不満を持ったためであり、その反対ではない。また大統領は議会の承認が得られないとしても、大統領の権限だけでもそれなりのことができる。そもそも、大統領選挙ではオバマの圧勝だったが、米国の有権者の政治志向が左に移行したとも言えなかった。しかしそれを見誤って大胆な改革を打ち出したことが医療制度改革の頓挫につながっていると言える。共和党医療制度改革に反対しているのは、有権者の心理を反映しているためであり、民主主義が機能不全に陥っているというよりも、正しく機能している現れとも言える。
本当に米国政治が機能しているかどうかを示すのは、財政赤字の削減が実現できるかどうかという点にある。大きな政府に対する嫌悪感を隠さない有権者も、政府が提供する年金や医療保険は喜んで受け取っている。しかし財政赤字を削減するためには、有権者が拒否するような、給付水準の引き下げ、もしくは増税が欠かせない。それを実現できるかどうかが米国政治が機能しているかどうかを表すだろう。

気になるのが、数週間前に掲載されていた、"Health reform and Congress : It hasn't been pretty"という記事と論調が異なっている点。こちらの記事ではだいぶ米国政治に対してはネガティブな印象を与えている。