その数学が戦略を決める / イアン・エアーズ

その数学が戦略を決める

その数学が戦略を決める

読了。面白かったのですぐに読み終えてしまった。絶対計算が意志決定に及ぼす影響はますます大きくなっていくことは確実だと思うが、マイナス面に関しても充分に言及しておりバランスが取れていると思う。絶対計算が意志決定における中心となっても、専門家は引き続き必要とされる。数式や仮説を構築するためには人間の直感や経験は欠かせないためだ。ただ、組織の末端では裁量の範囲がどんどん狭められ、ロボットと化してしまうことになる。当の本人には悪いことだが、絶対計算に基づく判断のほうが主観や思いこみを避けることができるので全体的には大きなメリットを生み出すことになる。
最後には統計ツール(標準偏差ベイズ推定)の使い方も紹介されており、役に立ちそうだ。著者によると標準偏差だけを用い、分散(標準偏差の二乗)は考えるなということだ。標準偏差には単なる平均という概念で伝えられる以上の情報を伝達できるという利点がある。

ハーバード大学学長のサマーズが辞任させられたのは、本書によると標準偏差を理解できる人が少なかったためだという。サマーズの発言は女性が理数系の能力で男性に劣っているのではなく、男性と比較して標準偏差が小さいということだった。つまり女性のほうが男性よりも天才もバカも少ないということであった。

ダイレクト・インストラクション(DI)というのが米国教育界で大きな論争になっているという。これは教育版EBMみたいなもので、教師は台本通りに授業を行うだけだ。熱血教師は不要ということになる。当然教師たちはかなりの抵抗を示している。DIが普及すると映画のテーマもなくなりそうだ。

映画と言えば、マルコム・グラッドウェルのThe Formulaという記事が本書で紹介されている。絶対計算を映画制作に適用した例だ。台本を分析するだけでどの程度の興業収益を上げることができるのか予測してしまうシステムを提供している会社を取り上げている。Epagogixという会社であり、大手映画スタジオも極秘に使っているそうだ。単に予測するだけではなく、過去にコケた作品のリメイク化の権利を買い取り、台本のまずい点を修正して映画を撮り直すということまでやっている。しかし誰が主演するのかも分からずに台本だけで専門家よりも正確に予想してしまうとは驚きだ。意外にも俳優の人気は興業収益とは関係ないらしい。

専門家が予測を間違えてしまうのはどうしてもバイアスが発生してしまうからということになる。このあたりはクリティカル・シンキングにつながってくる。そう言えばクリティカル・シンキングにも統計の話は良く出ていた。


本文よりも面白い訳者解説を書く山形浩生氏の翻訳だが、この本に関しては解説は控えめ。本文が読みやすいだけに解説を充実させる必要は無かったのだろう。「誘惑される意志」(ASIN:4757160119)とは大違いである。